2026年6月8日月曜日
2026年5月23日土曜日
現住所のメリット
現在住んでる家は母親から相続したのである。母は父から相続したのだが、不動産以外は投資信託で殖えたのだろう。貯金は損だ。
1.交通の便が良い
【マイカー非所持者】
府では珍しく市バスがある。最寄りバス路線がドル箱路線らしい。いつもバス停に人がいる。近くの宗教御殿の信者が頻繁に乗る路線がドル箱、という説もある。
【マイカー所持者】
高速インターが近くにある。
2.生活施設が便利
近くにスーパー万代が出来た。いつも駐車場は賑わっている。
3.閑静な住宅街
利便性故か、ちと高い。裏の老夫婦が施設に入ったかして住んでいた建物付土地を売った。購入した住宅会社が更地にして2件建てて売ったが1件6000万、なかなか売れない。
2026年5月13日水曜日
私に単独行動が多いワケ(登山に限らず)
私の母や甥はかなりの変わり者だ、と思っていたら、私自身もそうだった(血は争えない!)。決して人間嫌いではないのだが、他人が周りにいない方が気楽だったので、寂しいとは思わず、親友と呼べる友が欲しいと思ったことはなかった。
最初に配属になった部署の上司に、ある女性を結婚相手として紹介されたが、奇しくも父の会社の管理職の娘だった、曰く「友達がいないような男に娘をやるわけにはいかん」今考えると一理ある。
現代社会では他の支えがあるので1人でも生きられるが、他人との繋がりを大事にし、活用できた方が人生が豊かになる。遅きに失しはしたが今はそう思う。
2026年5月1日金曜日
2026年4月17日金曜日
2026年4月5日日曜日
私の勤めていた会社
社員全員の持ち回りによる始業前の朝会があった。
1、綱領・信条・7精神(下記参照)を書いた巻物の読み上げと全員での唱和
2、ショートスピーチ(原則、仕事に関する事だが、私のように関係ない話をする者もいた)
また、終業前には社歌が放送された。
「 綱領 」
産業人たるの本分に徹し
社会生活の改善と向上を図り
世界文化の進展に寄与せんことを期す。
「 信条 」
向上発展は各員の和親協力を
得るに非ざれば得難し
各員至誠を旨とし一致団結社務に服すること
「 私たちの遵法すべき精神 」
一、産業報国の精神
産業報国は当社綱領に示す処にして我等産業人たるものは本精神を第一義とせざるべからず
一、公明正大の精神
公明正大は人間処世の大本(たいほん)にして如何に学識才能を有するも此の精神なきものは以て範とするに足らず
一、和親一致の精神
和親一致は既に当社信条に掲ぐる処個々に如何なる優秀の人材を聚(あつ)むるも此の精神に欠くるあらば所謂(いわゆる)烏合(うごう)の衆にして何等(なんら)の力なし
一、力闘向上の精神
我等使命の達成には徹底的力闘こそ唯一の要諦にして真の平和も向上も此の精神なくては贏(か)ち得られざるべし
一、礼節謙譲の精神
人にして礼節を紊(みだ)り謙譲の心なくんば社会の秩序は整わざるべし正しき礼儀と謙譲の徳の存する処社会を情操的に美化せしめ以て潤いある人生を現出し得るものなり
一、順応同化の精神
進歩発達は自然の摂理に順応同化するにあらざれば得難し社会の大勢に即せず人為に偏(へん)する如きにては決して成功は望み得ざるべし
一、感謝報恩の精神
感謝報恩の念は吾人(ごじん)に無限の悦びと活力を与うるものにして此の念深き処如何なる艱難(かんなん)をも克服するを得真の幸福を招来する根源となるものなり
松下電器の社歌
https://youtu.be/0XSbfbOZGTY?si=ra5o9bw4l3zI71tu
https://youtu.be/hysrLQNXVjM
ピアノを弾いてるのはジャズピアニストの小川理子さん、音響研究所に配属され理事(部長職)にまでなった人だ。
振り返れば、私は趣味に気をとられ、
産業人たるの本分に「徹し」てなかった。退職までサラリーマン気分がぬけなかった。
2026年3月30日月曜日
私の若い頃
私は阪大通信工学科修士課程卒だ。電気課程3学科(他に電気、電子)の就職は、松下以外は担当教授の推薦で決まりだった。1学科につき、学卒6名、修士卒3名が推薦枠なのだが、松下はさらに試験で2名を落とす、ので不評だった。
私は成績が極めて宜しくなかったのだが、熊谷教授(後に学長になり府知事候補にもなった)への父の口添えが効いたのか、松下を受け、合格してしまった。面接には幸之助の片腕の安川副社長が居た。なんと、落ちた学卒1名は公務員試験に合格して霞が関の警察庁に行った。
最初に配属になったのは音響研究所、ある時、上司の課長に怒られた、土日に何を考えとんのや!山のことを、とは言えなかった。
大きな会社の利点だが、さまざまな部署を、点〃とし、幾度かのリストラをくぐり抜け、なんとか定年退職した。振り返れば、松下神輿を担いだ、というより、ぶら下がってたのだった。最後が難病、とはなんともしまらない。
2026年1月31日土曜日
自らのアイデンティティーを語れますか(11)〜祖父のこと〜
祖父は(養子で、父親の名前がわかったので大阪市役所に戸籍を問い合わせたが、残念ながら都市の役所らしく保管期限オーバーで廃棄済だった)戦後まもなく大阪にできた自転車振興会(初仕事は住之江競輪、後年は河内長野のサイクルスポーツセンターにも関わる)の専務(No.2)だったらしい。
理事長は島野(有名な自転車・釣具メーカーの創業者)、同僚に天辻(ベアリングメーカーの創業者、祖父の家に天辻鋼球の日めくりあり)が居た。
母によると、字がうまかったから重用された、らしいが、祖母(若い頃、久宝寺小町と呼ばれたらしい)と同じ船場の有力な商家の出だったのだろう。
2026年1月1日木曜日
自らのアイデンティティーを語れますか(10)〜兄弟のこと〜
私には弟だけだ。子供時代にいじめてたことが悪かったのか私の勘違いか、未だに「兄さん」と呼ばれず「名前を呼び捨て」されている。
私が大学に入るまでは祖父母の土地に6畳2間の家を建てさせてもらって暮らしていた。大阪市内の姫松や万代という所で、北畠と帝塚山(どちらも高級住宅地)の間といえば通りがいいだろう。庭に池もあったが今は駐車場だ。
祖父母宅の8畳間に布袋さんの置き物があり、ジュウドウ、と言って弟に振りかざすと泣くので面白がっていた記憶がある。暴力的なイジメをした覚えはないのだが、よく少年雑誌(「伊賀の影丸」が連載)を貸してくれた隣家の兄ちゃん(我家は登山以外の娯楽禁止)が「オレに弟がいればもっと可愛がってやるのに」と言ってたらしい。
弟は中学までは成績が悪かったので、父に、事あるごとに私と比較されて怒られていた。
それがどうだろう、私と同じ国立大を出て今や別の国立大の教授様で、ips細胞にも関係したらしい(最近定年退官)。軽度のパーキンソンだが、幸いにも、進行が寿命より遅いらしい。かたや、大会社をかつぐというよりぶらさがってきたような私。まさに、大器晩成、昔神童-今只の人、好対照だな笑
2025年11月1日土曜日
自らのアイデンティティーを語れますか(9)〜子供のこと〜
家内の母のように男尊女卑な戦前の田舎の人にとっては、(戦後生まれの私はそんなことを考えたこともなかったのが、子供を作らない道を選んだ一因なのだが)かっては、長男である私が、跡取りを決めなあかんかったらしく、男子(天皇家の場合は実子)が土地家屋などの財産や家業を継ぐことを重視したので、弟夫婦の子である甥(40ほどだが、未だ独身)に男子が生まれそうもないことが物足りないようですが、この度生まれた姪の赤ちゃんは女の子ではあっても、私の家の血が流れてます。
「血は争えない」といいますから、私に似ているところがあるかも。良いところが似てればいいですけどね。
末は医学者かなあ、母(薬大卒、女が知恵をつけたらロクなことがないと親に反対されたらしい)の祖先は代々藩の医学者だったというし、弟はips細胞に関わってたし。
すみません、私の家のことばっかりで。(姪の 結婚相手の家のことは「道産子、料理が趣味、育休が1年」以外ほとんど知りませんもので。)
2025年10月1日水曜日
旧兵士による我が子への虐待
表記の件、NHKでやってた。
実戦経験はないが士官学校出身の父親に「軍人精神を叩き込んだる!」とげんこつで殴り倒されたことが何度かあった。また、夜の庭木に縛り付けられたこともあったが、お婆ちゃんがこっそりほどいてくれた。
終戦の召勅の翌日から皇居の方角に最敬礼しなくなった、にも拘わらず、である。
戦前の父親は「ちゃぶ台返し」で、どこも同じ、と思ったが、家内の父親は従軍経験がなかったせいか、終始優しかったそうだ。家内の母親によると「私がよっぽど悪いことをしたのとちがうか?」らしい。
2025年9月1日月曜日
自らのアイデンティティーを語れますか(8)~我が家のルーツについて~
私が調べてみました。有名人ならNHKがファミリーヒストリーで調べてくれるでしょうが。
明治以後は戸籍謄本(保管期限あり)、江戸以前は武士は人別帳、平民は宗門改帳で、市役所や京阪奈の国会図書館関西館で調べました。
父や母は痩せてるのに弟はなぜ太いのか、お爺ちゃん(養子)は太ってました。つまり、弟は隔世遺伝と思われます。
お婆ちゃんは親(福井から来たらしい)の墓がどこなのかわからなかったそうです。そこで京都の寺に、自分が入れる墓を買ったようです。
私らには子供がおらず弟夫婦の男の子は約40歳でまだ独身なので、いわゆる「家が絶える」状態です。まあ、天皇家に倣う必要はありませんが。よって、墓じまいし、共同墓に移らねば。
故に我が家には先祖代々の墓がなかったので祖父母が亡くなるまで墓参りの風習がありませんでした。
父が無類の山好きだったので夏の長休みは母や弟と4人で日本アルプス登山でした。世間ではなぜ夏の長休みを「登山休み」ではなく「盆休み」というのか、長い間疑問でした。
母の両親の先祖は比較的ハッキリしてて、津山中心部の寺の本堂脇に立派な墓所があります。碑文によると、赤穂藩の山下某が津山藩にやって来て仕えたようです。しかし、家督をつぐべき養子の男の子が戦死したため、母の父親の代で「家が絶えた」状態になりました。
この地球上の生命(生けとし生きるもの)の寿命は有限で、人間のは100年前後とけっこう長いのでつい永遠だと錯覚しがちです。
また、単独では存在しえず必ず親があります。だから墓参りなどで先祖(無数の親)に思いを馳せるのは自然なことでしょう。家内は遠い鹿児島のそれも離島育ちなので戦前の風習が染みついており、先祖供養(必須ではなく、風習に過ぎないが)については、特に反対する理由もないので、家内に従ってます。
2023年10月2日月曜日
2021年4月16日金曜日
コロナ2年目アウトドア点描・・・
2020年10月6日火曜日
【韓流ドラマ】チャングムの誓い
韓流ドラマと言えば、ほぼ同時期2003~2004年に大ヒットした「冬のソナタ」が有名ですが、当時は、TVニュースに写っている『韓国に渡ってまで「ヨンさまぁ~」と黄色い悲鳴を上げる"おっかけ"のおばさまたち』を冷ややかな目で観ていた、のを思い出します。
そんな自分が、ひょんなことから、BS日テレで平日午後1時~2時に放映されている韓流ドラマ「チャングムの誓い」を楽しく視聴しています。
主人公の女性が、「宮廷に渦巻く権謀術数を辛くもくぐり抜け、亡き母の無念を晴らし、王様の主治医にまで上り詰めてゆく」ハラハラドキドキのストーリーもさることながら、「テーマ音楽」を気に入っています。
<チャングムの誓いとは?> BSフジのHPより
https://www.bsfuji.tv/daejanggum/index.html
2016年1月1日金曜日
新年明けましておめでとうございます!
社会的には、歴史認識及び日本国憲法を再検証&修正するという大きな一歩を踏み出す重要な年となろうかと思います。また、新年4日からの国会祭りも面白くなりそうです。
さて、本題の山遊び。本年も引き続き、300名山ピークハントに邁進したいと思います。主として、花の季節・紅葉の季節に登りたいと思っておりますが、まだ129座もあるので、あまりゆっくりはしてられません。温泉・グルメ・石・イワナ・山菜・キノコなどのトッピングも楽しみながら、じっくりやってゆくとしましょうか。
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2015年12月31日木曜日
大晦日雑感
年賀状も出し終えました。但し、今回からは、親類縁者宛のみにさせていただきました。あしからずご了承ください。
社会的には、大東亜戦争後70年目にして、ようやく、戦後レジウム脱却の記念すべき第一歩を踏み出した年だったと思います。
さて、本題の山遊び。前半は、石探しにかまけてしまい、ふと我に返ると、原点の山歩きを忘れておりました。そこで、沢登りなど、ことさらに危険を求める遊びからは足を洗うことにし、300名山ピークハントを目標に据えることに決めました。100名山完登といえば日本岳人の勲章のようなもの、だと思うのですが、退職時点で、100名山7割、200・300名山5割をすでに登ってしまっていたので、300名山を目標にしたわけです。本年後半は、とりあえず、紅葉を求めて、13座に登ることができました。
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2015年11月18日水曜日
五代友厚~NHK朝ドラ・あさが来た~
「あさが来た」に関係して、新聞に「五代友厚」のことが紹介されていました。大阪の発展に多大な貢献をした人物でした。私、この人の名前をひょんなことで知っておりました。
鈴鹿山脈奥地に江戸時代に隆盛を誇った伊勢治田銀銅山がありました。以前、この鉱山を探索しようとして、「伊勢治田銀銅山の今昔」という書物を読みました。明治時代になって、自らモンペを履いて山に入り、この鉱山の再開発に尽力したのが、五代友厚の次女・五代アイだったのです。五代友厚は数多くの鉱山経営も手がけて鉱山王とも呼ばれ、当時、伊勢治田銀銅山の権利も持っていたそうです。
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2015年8月12日水曜日
御巣鷹の思い出
その夏、会社の夏休みを利用して、北海道の大雪連峰に登山中でした。ポンクワウンナイ川から入山して、大雪の奥座敷と呼ばれる沼ノ原を経て、石狩岳の頂上で休憩していました。すると、かたわらの登山者のラジオから、「日航機が遭難・・・・。」という声が聞こえてきました。さすがに、帰途、千歳空港では、不安で落ち着きませんでした。
あらためてググって見ると、この事故では、松下電器の方が16人も亡くなられたようです。その中に心当たりのある方がおられました。学生時代に企業実習ということで、松下電器の研究所に2週間ほどお世話になったのですが、当時、オーディオ分野で一世を風靡していたテクニクス・ブランドのダイレクトドライブ方式のターンテーブルの優秀な若手技術者だったKさんがおられました。新婚ホヤホヤを室長さんが冷やかしておられたのを覚えています。
その後は、同時に出張する時は別の飛行機に分乗するようにという指導がなされました。現在は、もっぱら新幹線利用でしょう。
また、犠牲者の中に、Windowsに対抗できる国産OSとして期待されていたTRONの技術者が複数名含まれていたことから、陰謀説も飛び交ったようです。
あれから30年も経ったのですね。
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2015年8月6日木曜日
暑中お見舞い申し上げます
さて、7月上旬までは、毎週のように石探しに入山してたのですが、国外脱出の予定も無いし、8月いっぱいは蟄居を決め込んでいます。過去の記録のアップ、それから、秋のプラン。緊張を強いられる山登りからは引退することにしましたので、紅葉の300名山・探石・温泉など組み合わせて、ガツガツせずのんびりやるつもりであります。
なお、過去の記録につきましては、時期は約束出来ませんが、詳細なGPSログも含めて、順次、全面公開してゆく予定です。
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