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2024年3月1日金曜日

1999年7月 越後下田・笠堀川光来出沢~粟ヶ岳

3月の生存証明を兼ねて投稿をします。

渓の旅、いまむかし 高桑 信一著 山と渓谷社

を図書館で借りて109頁を開くと
「・・・人跡未踏の奥利根でさえ鉱山師(やまし)が跋扈したのだから・・・川内・下田の山塊に開拓の手が及ばないはずはなかった。・・・2021年に出版された川内山鉱山跡(吉田忠著/自費出版)によれば1965年の図番でおよそ36箇所の鉱山が確認されている。・・・」とある。

161頁には
「・・・私の経験から選んだ川内・下田の美渓のベストスリーは・・・そのスケールと粟ヶ岳に立つ清朗において光来出(こうらいで)に軍配があがる。」とある。

そこで我田引水だが私が誘われて当地を訪れた記録を紹介する。

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2020年8月10日月曜日

これがレジャーではない本当のキャニオニングだ!

暑いですね~~「物理的」に涼しむには滝つぼにダイブするのが一番ですよ!



キャニオニング」をご存知でしょうか?ウォータースライダーよろしくナメ滝を滑りおりたり、滝頭から滝壺へダイブしたり、ロープにぶら下がったりして、谷川を下ってゆく遊びです。

ここでご紹介するのは、安全が保証されたレジャーとしての「キャニオニング」ではなく、登山のバリエーションとして、「沢登り」とは逆の「沢下り」「降渓」を実践している人達の動画2篇です。いずれもリーダーは私を知床岬カヤックツアーに連れてって下さった老冒険家Mさんです。

いや~、私なんか僅か3mの岩上からダイブするのにもビビる体たらくですからとても無理ですね。しかも、現場は両岸絶壁で滝壺へダイブしないと生きて帰れないような険谷ときてますから!

紀伊山地の大峰山脈・大台ケ原一帯へは、豪雨によって刻まれた日本一の渓谷美を求めて、全国から渓谷愛好家が訪れています。

<大峰南部・立合川(たちあごう)>
なんか、女性の方が肚が据わっているようですね(笑)。


<大峰中部・前鬼川不動七重の滝(ふどうななえのたき)
「七重」とは多数の滝が連続する様を表しています。
5:22あたりMさんがロープを放して釜へ飛び込み釜のヘリに泳ぎ着いています。
次の滝の落ち口まで持って行かれると「一巻の終わり」ですから。


「不動七重の滝」のドローン映像はいくつかアップされていて甲乙つけがたいですが、滝群の様子が比較的良く分かるのを選びました。


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2019年8月2日金曜日

黒部ルート(宇奈月温泉~黒四発電所~黒部ダム)を見学踏破(1)

日本屈指の大渓谷である黒部川、それは自分にとっても思い出深い場所です。

1981.8  黒部ダム~黒部川上ノ廊下遡行~黒部源流
1994.8  黒部ダム~黒部川上廊下遡行~赤木沢遡行~黒部源流
2001.10  室堂~剱岳~小窓~仙人谷ダム~黒部川下廊下日電歩道~黒部ダム

<上ノ廊下(上の黒ビンガ付近)>

黒部ルート」が開通するまでは、この「日電歩道」を使って、発電所とダムの建設用資材を人力で運搬しており多数の死傷者が出たのです。

               <下ノ廊下日電歩道(S字峡付近)>

 <下廊下日電歩道(白竜峡付近)>



<下廊下日電歩道(別山沢付近)>



最近、「富山県が、5年後をめどに、黒部ルートの旅行商品化を目指す」というニュースを聞きました。その折、かなり以前ですが、今は亡き岳友Nさんの奥様から「黒部ルートへ行ってきました」と聞き、興味を持った記憶が蘇りました。そこで、数回に渡り申し込んだ結果、幸い当選したので参加することにしました。




以下、参考リンクを挙げておきます。

黒部ルートは「一般開放」でどう変わるか。「気軽に行ける場所」にはならないが・・・。
https://tabiris.com/archives/kuroberoute201810/

黒部ルート見学会のご案内
https://www.kepco.co.jp/corporate/profile/community/hokuriku/koubo/index.html

2019年度黒部ルート見学会 応募状況
http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1401/kj00019856-004-01.html

黒部ルートを見学踏破(2)に続く・・・


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2013年10月21日月曜日

上越の美渓・米子沢を遡って、日本百名山・巻機山へ


所属の山の会のベテランOご夫妻のお誘いに随分と久し振りに応えることが出来ました。それも、上越の名渓の呼び声も高い米子沢(こめごさわ)を遡って、日本百名山・巻機山(まきはたやま)に登ろうと言うのです。

土日月の3連休、日曜日の午前中まで雨が残る、との予報にかなり気を揉みましたが、まことにラッキーなことに、夜中降り続いた雨が明け方に止みました。

登山口では、いきなり「米子沢、遭難事故多発中」の看板がお出迎えです。容易な部類の沢だそうですが、本格的な沢登りは久しぶりなこともあって、内心、緊張を覚えます。

林道を少し歩いて入渓、足慣らしよろしくゴーロ歩きの後、小手調べよろしく、滝をいくつか乗り越えると大滝です。左樹林中の巻き道は明瞭ですが、脇が切れ落ちているので、滑らないよう慎重に足を運び、落ち口すぐ上に出ます。

その後、息つく間もなく滝が連続、その殆どを攀じ登ってゆきます。全般に容易な岩登りですが、本格的なロープ確保は終始無かったものの、何箇所か、Oさんに、シュリンゲ(短い細引き)を用いて、ワンポイントで助けていただかねばなりませんでした。また、容易とはいっても、10m前後の高さがあるので、ミスしないよう要注意です。なまじっか、登れる、あるいは、登れそう、だから、事故が多いのかも知れません。




ところで、途中、ヘリコプターが山頂まで上っていったかと思うと、下流に戻り、低空飛行しながら、沢沿いに頭上を通過して行きました。後で判ったことですが、木曜日に米子沢に単独入渓した中高年登山者が行方不明となり、息子さんから捜索願いが出ていたのでした。

これには余談があって、俳優の息子さんが、自身のブログで、捜索費用のカンパを募ったところ、捜索状況を安易に公表しないよう当局より注意を受けたとのことです。でも、息子さんの心情は痛いほどわかります。
http://ameblo.jp/yasuka-shade/


さて、中流部の見どころに、ゴルジュ帯(両岸絶壁の渓流)があります。一見、大高巻き必須に見えますが、谷芯近くを通過する絶妙なルートがあり、これぞ天の配剤、という感じです。





 上流部の見どころは、長大な大ナメ滝(緩やかで滑らかな岩盤の滝)です。なんとも癒される風景ですが、所々水アカでヌメっていて、気を抜けば、ツルッとなる怖い滑り台です。




大ナメが終わると、いくつかの滝を経て、やがて小川となり、沢登りにつきものの鬱陶しい藪漕ぎが全く無しに、避難小屋に到着です。さすが、百名山だけあって、大勢の登山者でにぎわっています。




ひどく寒いので、中で一休みの後、巻機山山頂へ。紅葉がきれいですが、ガスっているのが残念です。下山は、思いの他、長く感じましたが、紅葉の眺めが疲れを和らげてくれました。




リーダーのOさんの記録もお読みください。
http://plaza.rakuten.co.jp/allmountain/diary/201310150000/

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2013年6月1日土曜日

大峰・稲村ヶ岳岩本谷 探石

山のお仲間は、白山へ山スキーとのこと。近年、ゲレンデトップからの山スキーに堕ちているワタシにとっては、標高差1400mの日帰りはかなりキビシイな~。

さて、石の大先輩が岩本谷で珍しい水晶を採取しているそうな。
昨年、お誘いにあずかったのだが、よんどころない理由で、泣く泣く参加を見送ったのです。

またのお誘いがある前に、ここはひとつ自力探索してみよう。奥の右俣が水晶谷と呼ばれているのできっとそこでしょう。行けばわかりそう!

このあたりはこの谷一番の悪場、左急斜面を慎重に高巻きします。

やがて、両岸が異様に狭まると、奥の右俣・水晶谷へ。
ところが、登れど登れど、名前に反して水晶のカケラもな~い。
え~い、沢登りに変更!

やがて、行く手がヤバイ雰囲気に。
稲村ヶ岳頂上岩壁に突き当たったようです。
下ばかり見て歩いてたので、赤テープを見失ったのです。


GPSを頼りに、草付き急斜面をおっかなびっくりトラバースして
正規のルートへ。

慎重に詰め上げて、大日のキレットへ。

混雑してそうな稲村ヶ岳を避けて、大日山へ。


下山路はシャクナゲがキレイ!

思いがけない拾い物も!

GPS軌跡


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2012年2月17日金曜日

伊勢・治田銀銅山を探る(その2)

10月某日、またぞろ、冶田鉱山のことが気になってきました。
しかし、青川の河原をじゃぶじゃぶと渡り返しながら、延々と歩くのもかったるいな。そうだ、三重県側から入山するのはどうだろう。ということで、廃村・茨川からアプローチすることにしました。
ところが、途中の林道が土砂崩れのため、御池川林道からノタノ坂越えで茨川入りです。
























茶屋川を坦々と遡ります。


















蛇谷へ入り、遡って行くと、鉱石を焼いたのでしょうか、窯跡が見受けられます。
















さらに遡ると、付近一帯にカラミ(鉱石の焼きカス)が散らばっています。

ここが、蛇谷銀山跡に違いありません。ズリ(捨石のガレ)らしきものがありましたが、坑跡は見つけられませんでした。埋もれてしまったのかな。





















日当たりの良い主稜線の縦走路に登りついて昼食とします。
















適当なところから三重県側の桧谷に向かって急下降してゆきます。蛇が出るか、壁が出るか、ドキドキします。涸滝状をロープにぶら下がります。ふと、なにげなく斜め後ろを振り返ると坑がぽっかりと口を開けていました。呼ばれたのでしょうか。天井から落ちる水滴がポタン、ポタンと坑内に響いています。
ここが、添水銀山八番舗(はちばんじき)と思われます。
















さらに、中尾にかけて探索しましたが、新たな発見はなく、往路を引き返しました。
ノタノ坂の登り返しが堪えました。


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2011年10月8日土曜日

伊勢・治田銀銅山を探る(その1)


治田(はった)鉱山は伊勢国唯一の銀銅山であり,江戸時代初期に主に銀の産出で繁栄したといいます。元禄以降は銅に中心が移りましたが、これも産出高で秋田・南部・別子に次ぐ屈指の銅山であり、明治初期まで栄えたそうです。

6月某日、探究心抑え難く、鈴鹿・藤原岳竜ヶ岳の間を流下する青川渓谷を遡ります。
中流部までは、かって車で入れましたが3年前の豪雨で、ご覧の通り・・・。
















続いて、治田峠までは、かって良い歩道が通じていましたが・・・。

かって歩道があったトンネル(下流より)


















かって歩道があったトンネル(上流より)














鈴鹿有数の沢コースだった銚子谷もガレ沢に・・・。














日之丘稲荷















かっての鉱山道はもはや無く、沢登りとなります。

右から高巻きましたが、ずるずる滑り冷や汗、スパイクが欲しいです。


















千右衛門舗(坑跡のひとつ)














坑道の水抜き穴














その後、谷奥にある添水銀山坑跡を目指しましたが、見つからず、檜谷と三鉱谷を分ける中尾を下山しました。

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