2026年3月1日日曜日

1982南アルプス信濃俣河内(しなのまたこうち)

 出発時、台風ははるか南方洋上だったし、どうせ谷間だし電波は入らないだろう、ということでラジオは持参しなかった。

 2泊目朝、川幅は前日の倍以上になっていた。下流の岩小屋へ避難しようにも支流が濁流と化していた。山腹の道の痕跡を辿り尾根道に出た。雨具にも拘わらず全身ずぶ濡れ、吹きさらしの茶臼岳を越え畑薙ダムに下る自信なく、遠山川筋へ下る道へ踏み込んだ。翌朝、山上から広い川原と見えたのは実は濁流だった。

 林道に降り立ち下流へ進んでゆくと、支流の諸河内(しょがち)のコンクリ橋が鉄砲水で飛ばされたのか無くなっている。濁流は怖くて渡れないので少し戻ると林道工事の資材置き場があったので泊まることにした。翌朝、拝借した伸縮式ハシゴで減水した諸河内を渡ったのだが、身軽になろうと対岸に投げたザックのカメラを濡らしてオシャカにしてしまった。

 一難去ってまた一難、頼みの林道が川の中へ。山手の無人集落の裏手に昔の道が。下方に林道が川から出て来てたのでロープで慎重に着地した。

 林道工事の作業員らしき人がきたので、重機が濁流に洗われてましたよ、というとガッカリしていた。またはじめてこの雨が御前崎付近に上陸した台風によるものと知った。

 下流の梨本にバスの終点があるのだが、それまでに約20カ所の崖崩れがあった。雨の最中に歩いていれば巻き込まれたかもしれぬ。山奥でも林道がなくて開発されてない所はそれほどでもなかったのかな。

 梨本の営林署で濡れものを乾かしてたがバスが来ないので訊くと「不通」とのこと。たまたま赤石林道を山越えして伊那市にゆくので乗せてもらうことにした。(長野)県内いたる所崖崩れで知事がヘリで視察中らしい。国鉄の中央線も東西とも不通らしい。

 伊那の高速バス停から実家の母にTELすると「心配で会社にTELした」とのこと。実は、年休届が無効で無断欠勤になっていた。松下電器山岳会では「主な入下山地の畑薙ダム(バスが不通なので自衛隊ヘリが登山者を輸送中)に名前が見当たらない」とのこと。翌朝出社し各所に平謝りしたのは言うまでもない。

 ほっとし門真市の独り暮らしに戻ったのも束の間、早朝ハラが痛くなった。近所の医師に言われるままに、盲腸の手術の用意をしてから、実家の母にTELすると、「松下病院で診てもらえ」と。もらった紹介状で大阪医大で診てもらってるうちにハラの痛みは治まった。どうやら心因性だったらしい。