2015年5月18日月曜日

書評~山師入門~

さて、ひとり探石、昨年晩秋頃から俄然面白くなってきておりまして、この楽しさを独り占めして良いものかどうか。しかしながら、あるかどうかわからん探索行に付き合ってくれる物好きもおらんでしょう。安全面では一人くらいパートナーが欲しいところですが、口の堅いことが条件、なんて偉そうな口は叩けませんが。

ところで、ネット空間には、非常に多くの石マニアのブログ・HPがありますが、その殆んどは、ドヤ顔での採集物紹介と小出しの産地情報、を載せているだけで、そのノウハウを述べているものは極めて僅かなのが現状です。

そんな中で、表題の本は惜しげも無くそのノウハウを紹介しておられ、既存の採集には飽き足らないマニア必見の書でしょう。



本書は以前にも当ブログで紹介したことがあるのですが、なかなか良い書評を見つけたので、ご紹介したいと思います。内容の要約が的を射ているばかりでなく、鉱物採集とはいかなるものかがわかりやすく解説されております。

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山師入門―登山で見つけよう大地の宝―」

知玄舎 191p

地理学者や地理学徒には登山を趣味とする方が少なくない。これは地理学が、宇宙から見たグローバルな現象の分布や、リモートセンシング技術による地球表面情報の分析を得意とする一方で、足でかせぐ、現地を見る、現地で調べる、現地で聞く、といった現地研究主義、地域密着調査主義をもう一方で研究の柱としているからに相違ない。とりわけ、自然地理学分野で、山岳を調査研究のフィールドにしている方々には、よく登山をされる方が多い。

かく言う評者も山岳での調査が必要だから山域に入っているのか、山を登りたいから山岳での調査研究に取り組んでいるのかわからない、の一人であろう。山岳での地形・地質・気候・水(氷河)・植生の研究者が多いのも、登山の魅力ということと関係がなくもなさそうである。

本書「山師入門―登山で見つけよう大地の宝―」の著者、成谷俊明氏は東京教育大学在学中、山岳部に所属していた。山スキーを良くし、2月に谷川岳一ノ倉沢第4ルンゼを登り西黒沢滑降、3月末白馬岳主稜を登り平岩へ滑降している。岩壁登攀は屏風岩Ⅰルンゼ~前穂東壁右岩稜、海外ではカナダMt.ロブソン登頂、チャーチルPk.からの縦走など、本格的な登山家である。登山家といっても職業登山家ではない。大学卒業後は高等学校で、生物・地学の教師をしながら、高校山岳部の顧問として、生徒を引率して各地の山岳を踏破してきた。

本書の「著者紹介」によれば、1998年頃より、鉱物趣味の世界に入ると書いてある。すると、岩石・鉱物採集や研究は15年選手ということになる。登山の経験に比べれば短いものだが、それでも大変な量の採集、現地調査を実施してきた。その結果をまとめて出版し、世に問うてみようと思いたった、という経緯の本である。出版のためでなく、まずは登山ありき、鉱物に魅せられた事実ありき、そして鉱物について調べてゆくうちに、必然的に出版されることになったもののようである。

登山愛好家は自らのことを「山屋」と呼ぶものであるが、その語感には自嘲と自尊心とが共存している。

本書の題名は「山師入門」である。「山師」となると、怪しいニュアンスがある。「山師」を辞書で引けば、鉱脈を捜して鑑定し、鉱山の発掘を行う人・山村の売買や伐採を請け負う人・投機的な事業で金もうけをねらう人・そして詐欺師・いかさま師、とある。「山師入門」となれば「いかさま師入門」である。いささか興を引き過ぎるようなキャッチフレーズの上手い題であろう。

しかしながら著者の姿勢はその逆で、山に、社会に対してきわめて真摯である。岩石・鉱物の採集はいわば盗掘である。採集地の土地には必ず地権者がいるし、自然環境保全地区では一木一石たりとも持ち帰ることは許されない。著者はコレクターとしての自戒や、危険性の認識をしっかりと明言している。鉱物採集に限らず、コレクターの性情は「あるもの」に対するこだわりである。他人がどう思おうが、コレクターは採集に熱中する。天然記念物保全地区で植物を盗掘する人がいる。法を犯して美術品を買い求める人、採ってはいけない蝶を一頭でも多く採ろうとする人。評者は本質的にこのコレクターという人達を好きではない。自分にもそういう「気け」があるので、自戒しているのである。

しかし、このようなマニア・コレクター・収集者・○○オタクによって、ある分野に注目が集まり、研究が進み、文化が発展し、価値が認識されてきたのも事実である。

A.R.ウォーレスの「マレー諸島」を読むとウォーレスがインドネシア、マレーシア、周辺諸島の動物をとてつもなく採集し、オランウータンを銃で仕留め、木箱入りの動物標本を多数本国イギリスに送って、生計を立てていたことがうかがえる。しかし、ウォーレスのこの罪事なくしては、生物の地理的分布境界線―ウォーレス線―の発見はなかったし、ダーウィンの「進化論」も生まれてなかったに相違ないのだ。岩石・鉱物の採集にもこれとよく似たディレンマが存在する。そのことを憂いつつ、岩石に魅せられてゆく著者の姿勢は、またウォーレスと共通の運命の上にある。

本書の構成は以下のとおりである。

(巻頭グラビア)写真で見る鉱物・鉱山

1、鉱物の世界―あなたを待っている

(1) 宝が眠っている
(2) 宝の出すサイン

2、鉱物科学の学会とコレクター(マニア)

(1) 新鉱物の記載と日本新産鉱物の報告
(2) 「標本は見られてこそ価値があり」
(3) 様々なマニア
(4) 産地の荒廃

3、宝の兆候をつかむ―情報探索のヒント

(1) 宝は特殊な地点に
(2) ズリの発見
(3) 石垣
(4) プール(排水処理施設)
(5) 坑口や選鉱場跡
(6) 作業道と索道
(7) 地名

4、大発見へのヒント―地質別ポイント

(1) 蛇紋岩地帯
(2) 蛇紋岩地帯中のメランジュ
(3) 翡翠
(4) 花崗岩類
(5) ペグマタイト
(6) 火山
(7) 流紋岩
(8) 石灰岩
(9) スカルン
(10) 酸川・赤茶けた岩

5、鉱物の基礎知識―その代表者達

(1) 水晶
(2) 日本式双晶
(3) 黄鉄鉱
(4) 閃亜鉛鉱
(5) ザクロ石
(6) 方解石
(7) 沸石(ゼオライト)

6、山探索のヒント―地方別、耳寄情報

(1) 阿武隈・山形以外の東北
(2) 阿武隈山地
(3) 山形県の山
(4) 新潟県北部
(5) 魚沼と奥只見
(6) 上越国境の山
(7) 日光周辺
(8) 奥多摩・奥武蔵・奥秩父
(9) 金峰山周辺
(10) 丹沢
(11) 北アルプス
(12) 南アルプス
(13) 更に西南の地域

7、鉱業権(資源の発掘)とこれからの課題

(1) 鉱業権
(2) 産地の保全と趣味の拡大
(3) 産地情報の収集、集約とその利用

第1章では他者(加藤昭)の名フレーズを引用して「鉱物は地球からの手紙である」を紹介している。言うまでもなく、この言葉は中谷宇吉郎の「雪は天から送られた手紙である」をもじったものである。いずれも地球科学に携わる者としての自然への知の探究者の喜びと、畏敬の念が込められている。

第2章は鉱物標本の作り方や、採集する上での注意など、基礎的な知識が盛られている。

第3章から内容が面白くなってくる。ほとんどの採集場所は著者が自ら登山し、ヤブコギをして得た情報である。ここでは鉱物採集場所発見のコツ、採集に際しての注意などが書かれている。

鉱石の多くは岩脈や、鉱山跡などで発見される。日本の山岳には歴史上開発され、閉鉱され、埋もれた鉱山がたくさんある。それを再発見することも容易ではない。「山師」らしく、鉱山関係資料でアタリをつける。地名やズリ(残土)、石垣、排水処理用のプール、坑口、作業道、選鉱広場跡などを探ってゆくのである。その技術は「山屋」、あるいは「地理屋」に求められる技術と同様である。地形図の判読、歴史地理学上の事実、地名からの推定、地質図の応用(本書ではあまり触れられていない)などはまさしく地理学における技術そのものである。地名については、その名もズバリの金山、金山沢、赤谷川、須川、酸川、宝川、菊石山、丹生にうなど、鉱山や鉱物の産出に関わる地名が残っている。

第4章は地質・岩石の解説である。蛇紋岩の中に産出する翡翠、花崗岩の中に産出する水晶、ペグマタイトの中のトパーズアクアマリン、石灰岩の中の方解石など、いわゆる宝石と言われる鉱石の産出過程や見分け方など詳細をきわめている。「スカルン」など、高等学校の地学で「接触交代鉱床」などと、舌を噛みながら暗記したことを思い出すが、山師となれば日常語であろう。

第5章が圧巻で、著者が自ら歩いて得た、鉱物採集地に関する地図付きの解説である。範囲エリアは東北から中部日本、関東までが主なところである。いずれは北海道、中国、四国、九州にも広がるとさらに面白い仕事になるだろう。島根県の石見、大分県の津久見、鹿児島県の菱刈など、名だたる鉱山を走破してほしいものである。

本書の特色は何よりも著者が自ら歩いて探した15年の労苦の結果である。登山家であり、なおかつ岩石・鉱物に魅入られた著者なくしては、このような本はできなかったであろう。巻頭のカラー頁を飾る山岳の写真や、鉱物結晶の写真は美しく、これまで岩石に興味を持たなかった者にも改めて岩石(地球からの手紙)の不思議さ、美しさに開眼されるに違いない。

本書は登山のガイドブックのようでもあり、鉱物解説の本のようでもある。この二面性を兼ね備えているところに特長がある。異なる分野の知恵が結合し、両者がうまく調和しているところに本書の良さがある。ただ地理屋として不満なのは、なぜ地質図が載っていないのかという点である。オリジナルな発見や、データに固執して執筆してゆくのは正統な組み立て方であるとは思うが、すでにかなり確立している地質図からの情報も、地理屋としては取り上げてほしいのである。

巻末には参考文献、さらなる参考資料が上げてあるが、文献の上げ方に統一性を欠くところがあり、さらなる資料も書名だけというのはいささか不親切ではあるまいか。わずかな点だが誤植もあるので、二版を重ねる際には訂正されることを望みたい。

ともあれ、新しい鉱物、岩石への魅力を多くの人に開眼させ、その魅力を知ってもらおうという山師のたくらみはうまうまと成功したようである。

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私自身も、本書に記されたようなノウハウ、ネット空間で学んだ断片的なノウハウ、などに自分なりのノウハウを加味し総合して、探索に臨んでおります。故に、自由時間が多いことも相まって、事前準備に登山の場合の何倍もの時間をかけていますが、その時間は胸ときめく非常に楽しいものです。今後とも、その楽しさを発信してゆきたいと考えています。

但し、その楽しさは採集物に至るプロセスだと思ってますので、それを奪うような産地情報・ノウハウの記述は最小限に留めたいと思っております。


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2 件のコメント:

bandlover さんのコメント...

この本の存在を最近知り、内容の充実さもなかなかのもので、さっそく購入の手配をしました。
知的レベル向上も楽しいですが、実戦、経験工学的(自分の造語です・・経験を工学的に整備蓄積高度化する意味)な部分は、OJTでないと身に付きにくいかもしれませんね。
松茸・イワナ・アマゴはみんな山や川での経験(先輩はいなかったので時間かかったがそれも楽しい)の蓄積で・・まだまだ素人のレベルです・・名人はすごい。

迷山漫幽 さんのコメント...

昔の記事にコメントありがとうございます。

山師活動、もっと若い時に知っていたら、とつくづく思いますね。
登山・探石の双方について、持てる体力・知識・技術・経験を総動員して対象に肉薄する。それに、怪しげな人間の欲望ドラマもからんで・・・もうこれはサスペンス・妄想の世界です。ポケモンGOなんかの幻を追っかけるより2万倍面白いですよ。

著者のHPもありますね。
http://yamasinariya3.jimdo.com/

ではでは~~。